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数値限定発明;判例検討(8)
2012.11.28
>判例検討(7)からのつづき。[文責 弁理士/技術士 葛谷(くずや)]
(7)本願発明の本質は何か
では、本願発明の本質はどこにあるのでしょうか。
まず、考えられることは、本願発明の「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」を構成する高分子の構造に特徴があるのではないかということです。
筆者も高分子添加剤の特許出願において似たような経験をしています。紙力増強剤(簡単に言えば紙を破れ難くする補強剤のようなもの)を開発していたとき、超高分子量(補強力を強くするため)かつ低粘度(取り扱いやすくするため)を両立するポリアクリルアミドを開発し、「どのように特許出願するか」を検討しました。このとき、「分子量が○○~○○で、粘度が△△~△△mP・s(cP)のポリアクリルアミド系紙力増強剤」と出願していたら、本事例と同じ落とし穴に落ちていたと思います。
「超高分子量かつ低粘度という性質を有する以上、普通のポリアクリルアミドとは構造が異なるはずだ。通常のポリアクリルアミドは鎖状であるが、発明品はポリマー鎖が3次元的に構築されて、例えば乾燥ヘチマをボール状にくり抜いたような形態と考えられるから、この形態を数値化する」という方針を立ててデータを整備しました。そして、最終的に下記のように出願し特許を取得いたしました。
「カチオン性基を有する三次元構造のアクリルアミド系共重合体であって、静的光散乱法による重量平均分子量(Mw)の値が150万~1000万の範囲であり、かつMwを静的光散乱法で測定される慣性自乗半径(s)で除した値Mw/sが2.0×103(Å-1)以上の値を示すアクリルアミド系共重合体を含有することを特徴とする製紙用添加剤。」
つまり、「分子量が○○~○○で、粘度が△△~△△mP・s(cP)」の目標を達成する高分子の形態を数値化したわけです。
本事例においても、このように高分子の形態を追及するというアプローチも1つの方策としてあり得たのではないかと思います。
もっとも、本事例の水性接着剤は「高分子溶液」ではなく「エマルジョン」ですので、高分子の構造自体が擬塑性(本願が訴求するような性質は擬塑性と称されます)に影響しているのか、エマルジョン全体として擬塑性に影響しているのかは、明細書の記載のみからは判断も推測もできません。したがって、具体的なことは言えませんが、目標を達成した本質的な要因は何であったのかを掘り下げて検討する必要があったものと思われます。
3.まとめ
目標(願望)をどのように工夫して達成したか、その工夫が発明であり、そして、その工夫が先人の誰も開発していない新規なもので、かつ簡単には思いつくことができないものであるとき「特許発明」となります。
本事例の場合、目標を発明として記載してしまったため、「願望特許」との印象を免れません。しかし、目標を達成できる開発品が得られておらず、アイデアだけであれば、本当の願望特許ですが、本事例では、少なくともある構成において目標を達成する発明品が完成していますので、技術としては特許発明に値するものだと思います。記載の仕方を間違えたために「完成発明」が権利保護できない事態に至ったことは非常に残念です。
数値限定発明の場合、審査基準に記載されている「効果の基準」も大切ですが、(a),(b)の観点にも十分留意していただきたいと思います。 (完)
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