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数値限定発明;判例検討(5)
2012.11.01
>判例検討(4)からのつづき。[文責 弁理士/技術士 葛谷(くずや)]
2.事例(判例)紹介
取り上げる事例は、「水性接着剤」について、無効審決がなされ、その審決取消訴訟でも請求が認められず「特許無効」が確定した事件です(平成18年(行ケ)第10487号)。
2-1.無効とされた特許の特許請求の範囲
本項では、筆者の述べたいことを明確にするため、ポイントのみを抽出して記載したいと思います。まず、特許となっていた請求項1の主要点は次の通りです。
<請求項1の主要点>
①貯蔵弾性率G’の値が120~1500Pa
②ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値が100~2000Pa
である、酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤。
なお、それぞれ測定条件等規定されていますが割愛します。また、特許権者はこの係争の間に上記①、②の数値を実施例の範囲内に狭くする限定をしていますが、本項では数値そのものを問題とするわけでは無いので、これも割愛します。
ここで、「酢酸ビニル樹脂系エマルジョン」としている以上、酢酸ビニル単独でもよいし、他のどんな共重合モノマーとの共重合体であってもよいことになります。
上記(a),(b)の観点からポイントを整理すると、(a)共重合体すべてについて当該数値を満足する製造方法を開示しているか、(b)貯蔵弾性率G’とずり応力τで発明を規定したことが適切であったかどうか、となります。
2-2.審決および判決の結論
判決は審決を支持する形で結審しており、上記(a)の観点について詳細に検討し、「本願明細書は、明細書を読んだ当業者がその範囲すべてを実施できるように十分に情報を開示していない」と結論付けています。
その理由の要点は次の通りです。
(イ)酢酸ビニルとn-ブチルアクリレートとの共重合体以外の製造方法が記載されていない。他のモノマーは名称を列挙しているのみである。
(ロ)上記数値①、②に影響する要件については、約20項目が列挙されているのみであり、どのようにその要件を制御すれば①、②の数値を満足させられるのかの記載がない。
酢酸ビニルと共重合させるモノマーが異なれば、その製造条件や製造されるポリマーの物性が大きく異なるのは自明のことである。しかし、n-ブチルアクリレート以外の他のモノマーについては、どのようにすれば上記①、②の数値を満足するように製造できるのかが一切記載されていない。
「あれも考えられる、これも考えられる、と欲張ってしまうと、ある1つの研究テーマ範囲内ではとてもカバーしきれない、非常に広い範囲を権利主張することになる」という落とし穴に落ちてしまったわけです。物性数値で規定すると、ともすれば、具体的な記載がおろそかになる危険性を孕んでいますので、逆に「具体例を記載するのが非常に大変だ」と感じたら要注意です。欲張りすぎていないか見直す必要があります。
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